2019年07月28日

「遣り甲斐」って、自分で意味を見出していくことから始まるんじゃないの?

先週のことですが・・。
ランチに入った隣の席で、男女2人が会話をしている。

女「私、最近、仕事がつまらなくって・・」
男「仕事っていろいろあるからな・・」
女「なんだか、このまま居ていいのかな・・なんて、考えちゃうんです」
男「え〜」
女「意味と言うか、遣り甲斐というか・・」
男「・・・」
女「で、スピリチュアルとかにはハマりたくないし・・ってことで思い切って転職しようと」
男「具体的にあるの?」
女「具体的じゃないんですけど・・もう25歳になっちゃって人生味わったし」
男「まだまだ、これからだろ」
女「だって、遣り甲斐のあることが与えられないんですよ」
男「ふ〜ん」
女「遣り甲斐がある仕事って、どこにいったらいいんですかね?いい転職サイトってないですか〜」

・・・聞こえているこっちが馬鹿らしくなってきた。男性も適当に相槌を打っているだけの様子。
遣り甲斐って、自分で意味を見出していくことから始まるんじゃないの?
人から与えられるものではないと思うけどね。転職しても同じですよきっと。転職サイトを見てもいい成果はないよきっと。
「随所に主となれば処つところ皆真なり」って、紙に書いて見せてやろうかと思った。やらんけど。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 16:26| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月06日

具体と抽象を行ったり来たりする。抽象化とは、共通点を抽出して象形すること。

私が社会人駆け出しだった頃の上司のTさんは、超厳しいことで有名な人でした。声は大きく、体格も迫力はあり、数字にメッポウ強く、ちょっとの誤魔化しも通じないのです。

そのTさん、たとえ話が実に上手でした。営業の現場でしたので、毎日いろいろなことが発生します。お客さんから、そして本部から飛んで来る無理難題はちょくちょくあって・・。そういう時に、ポロっと「あ〜それは〇〇みたいなもんだな」と言って、メンバーの緊張していた雰囲気を一気に和ませてしまうのです。「上手いな〜」「なるほど〜」と、面倒なことでも楽観的な気になってしまうから不思議です。Tさんの「物事を抽象化して説明すること」は天才的でした。

物事を説明する時には、抽象化を意識していてこそ説明が上手くいくものです。ところが、抽象化というと「曖昧にすること」と思っている人もいます。しかし、本来「抽象」というのは目の前の具体的な事象のなかから「物事の共通点を抽出して象形する」行為です。事の本質を掴んでこそのことでもあります。

抽象化を使って説明する手順は次の@→A→Bといったところでしょうか。
 @説明したい物事の具体的例を複数用意する。
 A複数の具体的例を抽象化する。
 B抽象から具体へ説明していく。

冒頭のTさんは@→Aでした。しかも抜群に上手い。ただ、Bまではあまり聞かされませんでした。あの時のあの場面では、それでよかったのだと思いますが、周りを説得し納得させていくためにはBが必要になってきます。それは、具体を抽象化をすることによって本質の共有化が出来、その上で各メンバーがその抽象概念を自分の具体的問題に落とし込めるようにすることができるからです。説得力のある人は、こうしたことを自然に心得ているのだと思います。
ではまた。
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2019年05月05日

「令和」を迎えて・・。章立てのない本は読みにくい。この長〜い小説は、次の章に。

「平成」から「令和」に御代替わり。
この「御代替わり」、正式には「みよがわり」と読むそうです。

多くの人々が「令和」を受け入れているようで、新しい時代が始まる・・そんな明るい空気が広がっているように思います。
平成最後の4月30日、TVの特別番組で総合司会として出演していたタモリさんが「西暦と元号の違い」について言ったコメントが面白かった。

「西暦がページ数だとすれば、元号は章だと思いますね。それがあるということは、切り替えができますよね」

・・・いや〜、わっかりやすい!Niceな例え方をするね。タモリさん。
これで「元号なんか不要」といった声は少数派に追いやられる感じもします。

たしかに、章立てのない本はなかなか読みにくい。
人の生き方にもビジメスにも「区切り」とか「節」は必要です。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 15:10| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月30日

「変える」か「替える」かの選択。「節目」「区切り」に自分の状況を再確認する。

問題に直面した時の選択肢はふたつあります。
ひとつは状況を「改善する」こと。そして、もうひとつは何もせずその状況を「見限る」ことです。
これは、「変える」か「替える」かの選択とも言えると思います。

どんなに世の中が変わっても「自分だけは変わらないぞ!」と抵抗していると、どこかの段階で淘汰されてしまいます。頑固一徹もいいけれど、「変わる」ことを拒否するしていると「替えられてしまう」からです。世の中は沢山の人や集合体が相互作用しあって出来上がっているもの。そして、それぞれがそれぞれに変化し続けています。それぞれの欲得も同じではありません。また、放っておいても経年劣化というのもあります。

最近、「成長」とか「変化」に疲れるからもうそんなことは忘れて・・と煽る評論家の本の広告を目にしました。「だったら、ひとりで変化を拒んで無人島にでも行ったらいいじゃん」と思います。「変化」はなにも上昇だけではないわけで、その人の状況によってステージによってその「変化」の中身が違っていて当然です。生きている以上、自分の居場所を確認してそこをいい居場所にしていく努力は絶えず必要なのだと思うのです。「節目」とか「区切り」の時は、自分の状況を再確認してみるいい機会なのかもしれないですね。

平成の時代の30年を振り返り令和の時代を展望する・・・なんて大上段に構えずとも、改めていまの自分の「成長」を考えてみようと思います。令和がいい時代でありますようにと願いながら・・。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 13:42| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

「一日2食」のススメ。

先日、会食をしたお相手から「ここ何年にわたって1日1食です」と聞きました。
ちゃんと立派にご自分の会社を経営されている仕事盛りの年齢の男性です。

朝は水と+αで若干の流動物、ランチはなし。喉が渇くので水とかはフンダンに摂っているとのこと。勿論、仕事上でランチが必要な時は臨機応変のようです。その結果なのでしょうか、身体には贅肉モドキのものはなさそうだし、風邪も滅多に引かないらしい。

その彼によると、細菌といった病原菌を退治するための薬は意味があるけれど、高血圧、糖尿などに薬を飲んだところで根本的に治るわけではない。結局、血圧はある程度の年齢になれば上がるのが自然だし、糖尿などに至っては空腹時になると血糖値が劇的に下がることも知られている。要するに食べ過ぎが大きな原因である。極論を言えば、製薬会社に引っ張られていて薬を飲まされている。かといって、断食はちょっと辛いので日頃から過食にならないようにしているのだ・・・とのこと。

なるほど・・と聞きながら、我が身を振り返りました。
これまでのところスコブル健康な状態で、毎年の人間ドックも問題なしです。ではあるものの、3食タップリ食べているし、最近いささか体重が気にならなくもなく・・。早速、ネットで断食とか過食とかを検索してみると、どうやらその効果は大きそうです。

ということで、まずは1日2食体制に入ってみました。
当面、朝と夜のみ。昼は、お茶と簡単なお菓子程度に。勿論、2食はしっかりいただきます。
いや〜食事が近くなるころにはお腹が減りますね。
食事前の空腹感はちょっと応えますが、これも慣れるだろうと・・。
なんといっても、その2食の食事がさらに美味しくなるような気がします。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 16:43| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月16日

「give and take」というよりも「 give and given」くらいがいい。

社会人駆け出しの頃、仕事上で初めて会った同年代のある人から「僕は東大だけど、君はどこ?」と開口一番言われたことがあります。問われた私は、「えっ、それ聞くの?」とちょっと引いてしまいました。それ以来、「東大卒」と聞くとその時のシーンを思い出します。

そんな東大の入学式。4月12日に行われた入学式での上野名誉教授の祝辞が「刺激的」「奥深い」と話題になっているようなので私もちょっとだけ参戦。さっそく、祝辞の全文を読んでみました。女性差別・・についての論考あたりは、受け取り方はさまざまあるのだろうになと感じつつも、印象に残ったのは以下の部分。

<あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を取ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
あなたたちのがんばりをどうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにだけではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください>

エリートの卵たちに投げかけられたのは、自分だけが勝ち抜くことだけを目指のではダメだというメッセージだったのだろうと思うことにします。

そう言えば、社会人駆け出しの頃、同じ職場のある先輩から教えられたことがありました。「give and takeというけど、give and givenくらいがいいんだよ。俺はこっちだね」と。その先輩、若手からも尊敬されていて、その後出世して活躍されました。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 18:31| 東京 ☀| 刺激を受けた話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

「忙しい」を口癖にする人。お友達は多ければいいというものでもない。

「忙しい」が口癖になっている人がいます。私の周りのなかにもそういう口癖の人が何人かいます。
アポイントをとろうとすると、決まって「ちょっとその日は・・・」といってきます。

ある時、久しぶりに某氏にお目にかかろうと思って、「来週か再来週あたりでどうですか?」と連絡を入れました。その某氏からは「今度、食事をご一緒しましょうよ。是非」とまで言われていました。ですので、こちらもその気になって、コンタクトを取ったのです。ところが・・・「せめて2か月くらい前におっしゃってくださらないと・・忙しいので」という答えが返ってきました。公職についているとか売れっ子芸能人とかでもなく、分刻みで過ごしているわけでもなさそうなんですけどね。

本当に忙しい人は、自分のことを「忙しい」とは言わないものです。本当に忙しくても、自分は忙しいと感じていない。忙しいことを楽しんでいたりするものです。そして、「だったら、明日のこの時間ならいいよ」とか「だったら今週の・・」と即答してくることがあります。時間は“創れる”のです。

それとも、こちらが嫌われているのかな・・。そう思い、その某氏とは距離を置くようにしました。するとこちらも気が楽になります。
知り合いやお友達は多いに越したことはありませんが、多ければいいというものでもない。
SNS上でせっせと「お友達」を増やす努力をしている人がいます。それを否定はしませんが、付き合う相手もある程度選ぶことも快適な生活に繋がるような気がします。無理することはないのです。 

ではまた。






posted by 発現マネジメント通信 at 21:40| 東京 ☀| コミュニケーション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

ミス発言袋叩きの昨今・・。「祖にして野だが卑ではない」を思い起こす。

最近は、高位の人とか名前の売れた芸能人とかがちょっとしたミス発言でもしようものなら、袋叩きにされてしまいかねない風潮があります。コッソリ録音されてそれを切り取ってネットに拡散・・なんてのも沢山ある時代です。もちろん、そういう立場にいるのですから影響度の大きさを踏まえるのは当然なのですが、それにしても「ちょっとね」・・と思うこともあるこの頃です。

そんな時、「祖にして野だが卑ではない」という言葉を思い出します。
これは、1963年(昭和38年)、第五代国鉄総裁に就任した石田禮助氏が国会で述べた言葉。石田さんは城山三郎の小説でも取り上げられ、さらに有名になりました。私はこの言葉好きですね。

石田さんは、その国会で「国鉄が今日のような状態になったのは諸君(国会議員)たちにも責任がある」と痛烈かつ率直に発言。当時の国鉄はまだ民営化されておらず、万年大赤字の状況でした。他には、国会答弁での「人命を預かる鉄道員と、たばこ巻き(専売公社)が同じ給料なのはおかしい」など、発言をめぐるエピソードには事欠かず、城山三郎はそれらを好意的に描いています。昨今の国会だったら、揚げ足を取られて罷免要求までされかねないくらいの大騒ぎになっていたのは間違いないのでしょうけどね。

荒っぽいことを言ったり、がらっぱちなもの言いをする人ってよくいます。でも、案外こういう人こそ信用できることが多いような気がします。「喜怒哀楽」を素直に示すことが出来る人の方が、可愛げがあって心を許したくなるというものでもあります。

むしろ、丁寧で慇懃な言葉使いだけの人は信用できないところがある。さらに言えば、表情に卑しさを感じさせ、自分に不利な時は神妙な表情を作ってみせ、いかにも知らなかったような目つきをして、攻撃する時は邪悪な表情に変貌する・・。こういう人は、いつ見ても卑しいな〜と感じてしまいます。「祖にして野だが卑ではない」の真逆の人です。こういう人とは、できるだけ関わらないようにス〜っと避けて距離を保つのが得策ですね。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 15:00| 東京 ☁| 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする