2019年03月21日

ミス発言袋叩きの昨今・・。「祖にして野だが卑ではない」を思い起こす。

最近は、高位の人とか名前の売れた芸能人とかがちょっとしたミス発言でもしようものなら、袋叩きにされてしまいかねない風潮があります。コッソリ録音されてそれを切り取ってネットに拡散・・なんてのも沢山ある時代です。もちろん、そういう立場にいるのですから影響度の大きさを踏まえるのは当然なのですが、それにしても「ちょっとね」・・と思うこともあるこの頃です。

そんな時、「祖にして野だが卑ではない」という言葉を思い出します。
これは、1963年(昭和38年)、第五代国鉄総裁に就任した石田禮助氏が国会で述べた言葉。石田さんは城山三郎の小説でも取り上げられ、さらに有名になりました。私はこの言葉好きですね。

石田さんは、その国会で「国鉄が今日のような状態になったのは諸君(国会議員)たちにも責任がある」と痛烈かつ率直に発言。当時の国鉄はまだ民営化されておらず、万年大赤字の状況でした。他には、国会答弁での「人命を預かる鉄道員と、たばこ巻き(専売公社)が同じ給料なのはおかしい」など、発言をめぐるエピソードには事欠かず、城山三郎はそれらを好意的に描いています。昨今の国会だったら、揚げ足を取られて罷免要求までされかねないくらいの大騒ぎになっていたのは間違いないのでしょうけどね。

荒っぽいことを言ったり、がらっぱちなもの言いをする人ってよくいます。でも、案外こういう人こそ信用できることが多いような気がします。「喜怒哀楽」を素直に示すことが出来る人の方が、可愛げがあって心を許したくなるというものでもあります。

むしろ、丁寧で慇懃な言葉使いだけの人は信用できないところがある。さらに言えば、表情に卑しさを感じさせ、自分に不利な時は神妙な表情を作ってみせ、いかにも知らなかったような目つきをして、攻撃する時は邪悪な表情に変貌する・・。こういう人は、いつ見ても卑しいな〜と感じてしまいます。「祖にして野だが卑ではない」の真逆の人です。こういう人とは、できるだけ関わらないようにス〜っと避けて距離を保つのが得策ですね。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 15:00| 東京 ☁| 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

「上向き」「下向き」ポーズの使い分け。「クリエイティブ追求」か「論理追求」か。

京都に「哲学の道」という名所があります。
高名な哲学者・西田幾太郎が、朝ここを散歩しながら、思索にふけったという場所。私も好きな場所のひとつで、京都に行った時、立ち寄ることがよくあります。ここをゆっくりゆっくり歩くと、なんだか頭がクリアになってくるような気がするから不思議です。

悩み事があったり、思索にふけったり、解決策を考えたり・・こういう時って、下を向いてうつむき加減に歩いていることが多いはずです。きっと、西田幾太郎先生も、下を向いて散策していたんでしょうね。反対に、「明日のデートはどこに行こうかな」とか、「明日は、いよいよ楽しみにしていた観劇の日。どんな感じかな」とかといった心理状況の時は、上向きの姿勢で歩いているような気がします。

「君ね、自分はダメって本気で思ったことないでしょ?人はね、自分って駄目だなと本気で思えた時に初めて成長するんだよ」と、昔ある人から言われたことがありました。実は、その時いささか面倒な問題が発生したのですが、私の表情が深刻な顔になっていなかったらしく、むしろ口角が上がっていたというのです。私は「そうだな」と思ったので、「では落ち込んでみよう・・」と思い、自分の席に戻る時、少し遠回りをして思いっきり下を向いてゆっくり廊下を歩いてみました。落ち込みのポーズです。すると、形から入ったのですが、本当に落ち込んだ気分になってきて、その延長線上でどこが問題だったかが見えてきたような気がしてきたのです。

どうやら、人は下を向いてネガティブな感情になって悩んでいる時は、物事を論理的に整理しようとするらしい。反対に、ポジティブな時は、必ずしも論理的ではないかもしれなくても、クリエイティブなことが考えられるように思います。

だとすると、状況によってこの使い分けをうまくすることができれば、楽しいのではないか・・。
悩んだ時は、堂々と下を向いて思い悩む、思索にふける。嬉しくしたい時や、本当に嬉しい時は、堂々とスキップでもしながら上向きに歩く。ということかと。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 18:44| 東京 ☔| 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月08日

「自分の評価」は、「他人からの評価」と違うもの。妥当な水準とは・・

大リーグで活躍するイチロー選手。古巣のマリナーズにてプレーすることになったことが伝えられ、あわせてその年俸が話題になっているようです。人様の収入をあれこれ言っても、「だからどうって?」ってことなのですが・・。

当初は、大リーグの最低年俸54万5千ドル(5800万円)の水準と言われていたのが、どうやら75万ドル(8000万円)。ただし、出来高払いを含めると125万ドル(1億3300万円)、昨季と同じ実績なら200万ドル(2億1000万円)になる計算、と伝わってきました(スポーツニッポン)。

イチロー選手の年俸の最盛期は、2008年〜2012年で、1700万ドル(18億円)でした。その頃に比べれば、大きく減少したものです。どんなに優れた選手でも、寄る年波というのは避けられない。野球選手としては、明らかにピークは過ぎているはずです。ですから、金額だけでいえばそういうものなのだと思います。それでも、イチロー選手は44歳になったいまでも、乞われて大リーグで現役を張れるのですから凄い。

一世を風靡したものの、ある時からピタッとオッファが来なくなっていつの間にか、世の中から忘れられていく、元大女優とか大歌手だった方は沢山います。それは、ピークだった頃の栄光が忘れられず、「私のギャラは〇〇だった!」と昔の水準から下げられないことが大きな要因のひとつなんだそうです。

元大女優だったIさんが、どこかのインタビュー番組で語っていたのを聞いたことがあります。このIさん「そんなの過去の自分。その実績は自信として持っていればいいだけ。だけど、いまの自分では昔のようなギャラではどこからも声がかからなくなるのよ。だから、金額にはこだわらないの。昔に比べれば、はるかに安いけど、役をいただき続けるには、自分の相場を知らなくっちゃね」とおっしゃっていました。実際に、その後も沢山のレギュラー番組にお出になっていました。しかし、ギャラは案外に安かったのでしょうね。

誰でも、自分の評価は、甘めになるという傾向があります。自分が「ちょうどいいギャラ」と思うのは、世間から見たら実は「ちょっと高目」。自分が「上手いこといった。ちょっともらい過ぎかな」と思う場合は、世間から見たら「高過ぎ!」と見られているのです。ちょっと失敗でもしようものなら、「あんなに高い報酬取っておきながらなんなんだよ!」と思われかねない。反対に少な目の報酬の場合に、大きな成果を上げると・・「あの報酬でがんばってくれてるんだね。ちょっと申し訳ないくらいだね」となる。ということは、自分で「ちょっと少ないな・・」と感じるくらいが、実は「妥当な水準」ということになるのだと思います。

やはり、塩分とお酒と報酬は、自己評価水準よりちょっと控え目がいい。その方が、こちら側がちょっとだけ気分的にも優位になるような・・。イチロー選手の年俸に関する報道を聞いていて、(そもそも水準の桁が我々とは違い過ぎですが)、こんなことを思いました。
ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 17:07| 東京 ☔| 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

知的な人。「我以外、すべて師」で臨むことから始まる。

「職場で魅力的だと感じる男性社員の条件」ーーーどこかの雑誌だったか、女性を対象にしたアンケートの結果を読んだことがあります。そのベスト5は、次のようなものでした。

 @仕事がデキる  
 Aやさしい  
 B話しかけやすい 
 C皆をまとめるのが上手 
 Dミスをフォローしてくれる

これらをすべて兼ね備えた男性を想像してみると・・・。外見よりも、「知的な人」という表現が当たりそうです。バリバリ仕事ができて、女性にやさしくて、話をよく聞いてくれて、リーダーシップがあって、失敗をフォローしてくれる・・・そんな男性は、バカであるはずもない。かといって、偏差値の高い学歴ならばいいというわけでもない。また、明るければいいというわけでもなく、イケイケの行動派ならいいのでもなく・・・。イケメンとか、身長が高いとか、家柄とか・・・こういったことは、自分の力ではどうしようもないけれど、この「知的である」というのは、誰にでも挑戦できるし、当たり外れがそうあるものではありません。自分が、年齢を重ね、いくつになっても、誰に対しても通じる武器なのだと思います。

では、知的な人になるために日頃心がけたらいいことは・・。それには、まず、人から話を聞く時、相手の話に「へぇー」と感心することがコツかと。たとえそれが知っている話であったとしても、遮らない。イチイチ語らない。人の話をよく聞いて、自分の意見は控えめにする。そうすれば、誰からも学べるし、新しい情報もドンドン入ってくるというものです。

年長者が嫌われがちなのは、ついつい「説教」「昔話」「自慢話」が出てしまうからだそうです。「われ以外、すべて師」で臨めば、人の輪も拡がり退屈することもない。結果、気が付けば、知的な人間になっているというものなんでしょうね。
「いまからでも遅くはない」・・・まずは自分にも言い聞かせます。ハイ。
ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 19:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

TVドラマ「定年女子」が面白い。歳とともに、自分の役割とか居場所をどうやって見つけていくか・・・

 「定年女子」・・・NHK-BSで放映中のドラマが面白い。

このドラマは、エッセイストの岸本裕紀子さんが書いた『定年女子』という本が原案になっています。本書は小説ではありません。これを素材にして、売れっ子脚本家の田渕久美子さんが楽しいストーリーにしています。ドラマでは53歳の女性が主人公。総合商社の部長職だったのが役職定年を機に退職して、その後のあれこれを描いていく・・・こんな内容です。


 定年後の生き方は女性のほうが適応しやすいそうですし、なんのかんのといっても、どんな年齢になってもなんとか様になる。しかし、男はそうは行きづらい生き物でもある。なかなか様にならんのです。しかし、そこを何らかの形で、生き甲斐のようなものが持てるのなら、素晴らしいことです。


 実際のところ、50歳代半ばで「役職定年」になったり、「定年延長」の声が聞こえる頃になると、心の中に不安が醸成され始めるという話はよく聞きます。しかも、プライベート面でもいろいろなことが起こってくる頃でもある。


 それまで、仕事一筋、しかも転職など無縁でやってきた人ほど、「実感はないが、なんとなく不安・・」という気持ちになっているケースが多い。しかし、現実感がない分、自己を突き詰めた経験が少ないため、いざとなると気落ちしてしまったり、どうしていいかわからなくなってしまったり・・。


 人生それぞれですし、人によってパターンはいろいろあると思います。歳というのは、誰にでも平等に重ねてくるもの。その上で、自分の役割とか居場所をどのように見つけていくのか・・・。


 最近、書店の店頭には、いわゆる「シニア向けの生き方本」といわれる著作が多くなっているような気がします。モヤモヤとして悩んでいる人、沢山いる・・・と、改めて思うこの頃です。

ではまた。

posted by 発現マネジメント通信 at 23:07| 東京 ☀| 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする