2016年09月20日

「知的であるかどうか」を「5つの態度」から見分ける・・・。「一見知的」にご用心。

「知的」は、ある意味インパクトのある単語であり、素敵な響きです。実際のところ、「知的である」ことは世の中において有利。反対に「頭が悪いね」と言われると、かなりムッとしてしまうものです。

とはいえ、「どのような人が知的なのか」ということについては、判断が分かれるところでもあり、難しいところ。一般的には、「知的であるかどうか」の指標として、「属性」が使われたりもします。例えば、学歴、職業、資格、経済的状況など。時には、「ハキハキした話し方」や場合によっては「歯切れのいい舌鋒」というだけで、知的と思われることもあります。しかし、実のところ絶対的な基準はアイマイで、誤認識が多いのです。

以前、どなただったか忘れましたが、大学教授をやっている方が「知的かどうかの判断基準」という話を書いていたことを思い出しました。それによれば、「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわからない。少なくとも私が判断をする時は、5つの態度を見ている」のだとか。その5つとは・・・。

1.異なる意見に対する態度
知的な人は、異なる意見を尊重する。そうでない人は、異なる意見を「自分への攻撃」とみなして、時には激しく反発する。

2.自分の知らないことに対する態度
知的な人は、分からないことがあることを喜び、恐れない。学ぼうとする。そうでない人は、分からないことがあることを恥だと思い、知ったかぶりをしてしまう。言い繕う。そして、学ばない。

3.人にものを教える時の態度
知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけないと思っている。そうでない人は、教えるためにには相手に「理解する力」がなくてはいけないと思っている。

4.知識に関する態度
知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。好奇心旺盛。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がハッキリしなければ、知識を得ようとしない。役に立たない(と思った)知識を蔑視する。

5.人を批判する時の態度
知的な人は、「相手の持っている知識を高めるための批判」をする。そうでない人は、相手の持っている知識を貶めるための批判をする。批判のための批判。

こうやってみてみると、「知的である」というのは、単に頭の回転が速いかどうかということではなさそうです。むしろ、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか。そして、忍耐と冷静さと寛容さを必要とするものだと思います。 ・・・・こう書きつつ、「あっ、あの人かな」と思い浮かべながら、改めて気を付けようと思ったのでした。  
ではまた。
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2016年02月21日

「いい会社」「よくない会社」の特徴。接した時の印象でわかる5つのチェックポイント。

「いい会社」「よくない会社」・・・それは、その職場に接した時の印象でかなり分かるものです。

これまでの私自身の経験から思うことなのですが、「よくない会社」の特徴は・・。
  @「うつむき気味の人が目に付く」
  A「表情がなんとなく冷たく、笑顔が少ない」
  B「歩幅が小さ目で、歩くスピードが遅い」
  C「挨拶が無い。あっても、妙に大声過ぎるとかワザとらしい」
  D「メンバーの会話に、“私”を主語にした話し方の方が、“あなた”を主語にした話し方より目立つ」
・・・といったところでしょうか。こうしたことが相まって、“空気が”なんとなく淀んだ感じとか、“ヨソヨソシイ”感じとなっているように思います。

@〜Cは、よく言われます。第一印象の範囲に入る事柄かもしれません。しかし、Dは第一印象だけではなかなかわからない。少し時間を共にし、その集団の中に短期間でも浸かることによって、浮かび上がってくるもののように思います。

「一人称を多用するか、二人称を多用するのか」・・・。一人称の方が目立つという場合は、殆ど自分のこと、自分の都合を優先しているからかもしれません。そして、話をする時間も多くなりがちではないかと思います。他方、二人称の方が目立つという場合は、「あなたは」「あなたが」ですから、相手の側に立った話し方に成りやすいような・・。それが、「あなたへ」の「押し付け」であったとしてもです。

「一人称多用型」では、組織が独りよがりになりがちな気がします。なにかというと、「我が社では・・」と、口にする人っていますよね。勿論、相手にもよるし、時と場合によるものの、「あんたは勤務しているっていうだけだろう?」「あんたがオーナー?」って言いたくなってしまうことがあります。不祥事を起こす大企業によくありがちな・・・は、ちょっと言い過ぎでしょうか。トップ数人が揃って頭を下げる謝罪会見のシーンを見る度に、そんなことも考えてしまうのです。 勿論、自戒も込めて・・・。気を付けたいものです。

ではまた。
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2015年11月17日

「メリットとデメリット」の議論。循環型に陥るような仕事や生活は如何なものかと・・・。

昨日の昼間の地下鉄の中での話です。

私の前の席に、「課長(副部長くらいかも)と担当者」という雰囲気の二人の会社員が乗ってきました。程なく、仕事の話になってきたらしく・・。

担当者とオボシキ人:「あの〜。先日の件ですけど、あれでよろしいでしょうか?」
課長とオボシキ人:「あれね。あの案、メリットとデメリットの記載がね」
担当者:「・・・」
課長:「起案書には、メリットとデメリットを書くんだけど、デメリットは“なし”がいい」
担当者:「はい・・・?」
課長:「デメリットがあると、偉いサンが煩いから・・。まっ、デメリットがあるようなものは、リスクがあるってことだから・・・」

ふと、途中から耳に入ってしまいました。
「オイオイ」「“デメリットなし”はないでしょう」と・・・。いけないと思いつつも、私の耳はついついダンボになってしまいました。

新しいものをやるということは、必ず他のことに何らかの「影響」を与えるものです。ですから、そういう意味では、リスクが発生する可能性はあります。たとえば、従来の業務の担当者が要らなくなるとか、従来から扱っている製品のお客様がシフトしてしまうとか、新たな担当要員が不足とか、ライバルの動きが読み切れていないとか・・・。

「デメリット」を列挙するというのは必要です。ただし、列挙して「メリットとデメリットを比べてメリットが少ないから」といったような選択は、間違いのもとかと。「デメリット」を列挙するのなら、その「デメリット」を如何にカバーできるか、カバーするかといった観点のことが「課題」として検討されていけばいいのに・・・。

同じことを繰り返し循環させていくだけでは、大怪我はないかもしれませんが、「拡大再生産」は難しい。人間は何もしなくても寿命を重ねていきます。ということは、日々変化しているということ。「変化する=成長だ」としたら、循環型に陥るような仕事や生活は、如何なものかなと思うのです。静態的だけでは、進歩には至りません。

地下鉄の中でのやり取りが聞こえて、そんなことを思ったのでした。そして、その若い担当者がいささか可哀そうになってしまいました。
ではまた。
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2015年08月27日

ビジネスは、知識や論理だけでは動かない。幅広い“洞察力”を働かせてこそ・・。

東芝の「不適切会計処理」が報道されてしばらくが経ち、取締役会の新体制も固まったようです。11人の取締役のうち7人を社外から起用し、取締役会議長も社外からとするとのこと。他社の社長経験者も招聘しての豪華メンバーです。機能不全に陥ったとされるコーポレートガバナンスを立て直すことを最重点に狙った体制づくりと見られます。私は、東芝の件についての各論に踏み込める立場でもありませんが、再生に向けた動きが軌道に乗るようにと思うところです。

ともあれ、企業の不祥事はなかなか尽きないものです。究極のところ、いくら防止策を採っても、かじ取りを行なう人がどのような信念を持ち、どのような姿勢なのかによるのだろうと思います。組織は、その影響を受けて、良くも悪くも動いていくものです。

ビジネスは人間に対しての働きかけです。そして、ビジネスを担う企業は人間が担っているものです。だから、ビジネスは知識や論理通りにはいかないところがある。知識と論理の上に、“直感”というか“洞察力”を多方面に働かせてこそ、上手くいくものなのだと思います。これは、なにも経営を担っている人だけに限りません。中間管理職の立場もそうでしょうし、自営でやっている人も、プロの職人のような人にも相通じるものがあるかもしれません。なんらかの形でリーダーの役割を担うのならば、必要な観点なのだと思います。

ところで、経済学を勉強したことのある人なら必ず知っている経済学者にジョン・メイナード・ケインズという人がいます。いわゆる「ケインズ政策」の元祖です。このケインズが、その著書「人物評伝」において、その師匠でイギリスの著名な古典派経済在学者アルフレッド・マーシャルについて記述しています。そこにおいて、マーシャルが、1885年ケンブリッジ大学経済学部教授就任講演「経済学の現状」で述べた言葉を紹介しています。ちょっと長くなりますが、以下に一部を引用します。

 「経済学の研究は、非常に高度な専門的資質を必要とするものではない。それは、知的見地から言って、哲学や純粋科学などのもっと高度の部門と比較すると、むしろ容易な問題だと言えるのではなかろうか。にもかかわらず、すぐれた経済学者、いな有能な経済学者すら、たぐいまれな存在である。やさしいにもかかわらず、これに抜きん出た人の極めて乏しい学科! このパラドックスの説明は、おそらく、経済学の巨匠はもろもろの才能のまれにみる結合をもたなければならない、ということのうちに見出されるであろう。 
 経済学者は、ある程度まで、数学者であり、歴史家であり、哲学者でなければならない。彼は記号を理解し、しかも言葉で語り、特殊なものを一般的な形で考え、その思考の過程で、具体的なものにも抽象的なものにも触れなければならない、彼は未来の目的のために、過去に照らして現在を探求しなければならない。人間性や制度のどのような部分にも、彼の関心外にあってはならない。彼は、その気質において目的意識に富むと同時に、公平無私でなければならず、芸術家のように高く飛翔しうるとともに、しかも時には、政治家のように大地に接近していなければならない」 
  ・・・ケインズ「アルフレッド・マーシャル」『人物評伝』(東洋経済)

マーシャルは、上記の講演で「cool head(冷静な頭)とwarm heart(温かい心)を持つこと」を求めて、結んでいます。この中にある「経済学」を「経営者」に置き替えてもいいし、「管理職」「ビジネスをする人」と置き換えても使えるような気がします。経済学を学んだ端くれである私自身が、頭に残っていて時折思い起こすくだりなのです。

ではまた。
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2015年08月16日

「褒めないマネジメント」と「褒めるマネジメント」。褒める力は、美点を見出す力でもある。

「面と向かって、部下のことを絶対に褒めない。むしろ、キツク叱る。しかし、部下本人が居ないところでは、(部下の事を)褒める」  これをモットーとしていた人が居ました。甘えさせることになってはいけない。思いあがってしまうことを避けさせる。ナニクソと思って這い上がってくる・・。ということなのだそうです。

最近は、「褒めるマネジメント」が流行りです。「褒めないマネジメント」と、「褒めるマネジメント」は、“ナニクソ”を鼓舞するのか、良いところを再確認して自信を持つようにさせるか・・の違いです。私が社会人になりたての頃は、「褒めないマネジメント」というか「叱るマネジメント」全盛でした。叱るというか、もうボロクソ・・。徹底して、ナニクソと思わせて、競争心を掻き立て、這い上がってくるようにさせるのです。これはこれで、バッチリと鍛えられました。

その頃の上司の方々は、多人数兄弟姉妹の人が多かったように記憶します。多人数兄弟姉妹の場合は、幼少の頃から家庭内の“競争”。そして、多人数のなかでの人間関係を自然に会得する。親だって、ひとり一人に細かく構っていられませんしね・・。どうしても、叱る方が多くなってしまいそうです。

しかし、私以下の年代では、少人数兄弟姉妹が多数派です。長男長女。一人っ子も多いのです。“ナニクソの喚起”だけではない側面が強くなっています。本来、褒められて嬉しくない人は居ないと思います。私自身振り返っても、確かにキツク叱られたことは覚えています。それをキッカケにいい意味で成長したなという覚えはあるのです。ですが、一方で褒めてくれた人の事は、叱られたことよりももっと忘れないものです。また、自分が褒めた相手のことも忘れません。褒めることによって、ある意味で“人間関係”が出来るのかもしれませんね。

「褒めない派」の人は、「褒めると天狗になるから」と言います。しかし、人は自己反省能力も持っています。一言褒められれば、元気が出て前向きになるのに、説教ばかりされては、言われた通りのダメ人間になってしまいかねないように思うのです。

ただし、褒めるといっても、単なるオベンチャラとかお世辞とかヨイショはちょっとひっかります。オベンチャラやお世辞とわかっていても、悪い気はしないのが人情ですけれど、一般にオベンチャラとかお世辞には、「下手な」が前にくっ付いているケースが多い。だから、嫌な気分が残ってしまうのでしょうね。要は「上手に」褒めることが必要なのです。

「(上手な)褒める力」という力は、単にコミュニケーション力ではなく、ある面では人間力のレベルが必要です。「美点凝視」という言葉があります。相手の長所を指摘して位置付けることであり、魅力として勇気づけるというものです。欠点ばかり指摘されていたのでは、いい人間関係が成立するものではありません。だから、上手な「褒め」をする人は、人を魅了させることも出来、そして成功するのでしょうね。尊敬され出世する人は、「褒め」が上手で人たらしなのだと思うのです。

勿論、「叱る」は必要です。「上手に褒める」と、「タイミングよくバシッと叱る」の使い様ということですね。
ではまた。

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