2015年08月12日

悪口・愚痴は、マイナスの気分を発してしまうもの。長所に置き換わる短所でありたい。

先日、あるホテルのロビーのソファーで待ち合わせをしていた時の事です。近くに、50歳前後と思しき女性が3人座って、なにやら談笑しているのです。それなりに上品そうな奥様方です。気にも留めずにいたのですが、いつのまにか会話内容が耳に入ってきてしまい・・・。

不満というか愚痴の溢し合いみたいな感じです。ひとりが、夫への不満を滔々と述べているのです。すると、他のおひとりも、自分の夫の実家の「困った談」を入れながら、話が盛り上がります。相続話なども絡めながら・・。3人目のおひとりも、遠くにいる夫の親戚の話として、いろいろと愚痴を展開し始めました。2人からは、「○○県の人って、そういうとこあるのよね・・。ったく」といった感じです。

段々気分が悪くなってきてしまいました。どんな表情かな・・と思って、チラッと様子を見てみると・・。それなりに上品そうに見えていたはずなのに、なんだか口角が下がって、眉もいささか上がっているような・・。座り方もふんぞり返っているような姿勢に見えてしまいました。嫌なものを見てしまったような、そんな気分に包み込まれてしまった私です。やはり悪口とか、愚痴といった内容の話というのは、なんともいえない“空気”というものを作り出してしまい、周りにも伝わってしまうというものなのですね。

昔、大学時代の恩師から「身上書の長所・短所欄を書く時の留意事項」を教えられたことがあります。特に、大切なのは短所の書き方。短所は短所として書くのは当然だけれども、その短所「見様によっては、このような長所ととってもらえるかと思います」といえるようなものを書くようにする。もし、そう言えないのなら言えるよう日頃から心がけること。短所は、長所に置き換えられる短所でありたい。・・・こんなことでした。

そういことから言えば、先程の3人の女性。愚痴を言うのはいいとしても、せめて・・「こういう点が嫌なのよ!でもね、それはそれで面白いところもあって笑顔で応じる自分なんだけどね」。「ウルサイのよ。本当に!でも、お蔭でこっちは無駄遣いせずに貯金ができちゃうんだけどね」・・・。こんな感じにホンの少しでも、プラスの気分になれる言い方を付け加えたら、口角も下がらなかったかもしれないように思うのです。

改めて自分を振り返るとどうだろうか・・。自戒を込めて、そんなことを改めて思っていたら、待ち合わせの相手が現れました。「マイナスの気分ゾーン」から離れられたようで・・。なんだかホッとした気持ちになったのでした。

ではまた。


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2015年04月20日

「させていただく症候群」の起源?場面を考え、表現力あるコミュニケーションを心掛けたい。

先々月だったかある会合に出席しました。大きな会場で、参加者も多く立食での会合です。
「それではこれから、○○の会を始めさせていただきます」・・・。声の通る女性が司会進行役です。「はじめに、主催者からご挨拶させていただきます」・・・。「さて、いよいよ今回の○○の発表について、○○よりご説明させていただきます」・・・。登壇した説明者は、「これを集計しグラフにさせていただきますと・・」とパワポを使いながらの説明が続きます。「・・ということで、今回はこのような結論とさせていただきましたが」・・・。 随分と「させていただきます」が耳に残るのです。

この言い方、かなりの市民権を得ているようです。「させていただく症候群」をキーワードにしてネット検索してみると、沢山の投稿を見つけました。言葉は世につれて変化していくものですから、単純に「ケシカラン」と言うつもりはありません。とはいえ、やはりちょっと引っ掛かるのです。「丁寧」を通り越して「慇懃」。「『させていただく』」を付ければいいってもんじゃないでしょ!」って感じですかね。

起源は諸説あるようですが、私の印象に残っているのは、バブル崩壊後の1990年代の半ば頃。当時、自民党から飛び出て新党を作り、脚光を浴び始めた鳩山由紀夫氏が、そのお一人ではないかと思うのです。

その頃、私は仕事上、月に3〜4回は講演会を開催し、その講師役を担うか主催者挨拶をする機会を持っていました。人前で話すのですから、毎回工夫をし、自分なりに改善努力を・・。ある時、出席者の中にNHKご出身という方がいらして、「あなたも最近の『させていただきます』を使うね。他は良いんだけどね」と言われたのです。「ハッ」・・と思い、その後気を付けるようになって今日に至っています。当時、TVなどで鳩山由紀夫氏の発言はよく流れていたということもあって、何時の間にか知らずに影響を受け使ってしまっていたのかもしれません。実際、インパクトは強かったですし、影響を受けた人は多いと思います。

以来、約20年が経ちます。昨年あたりからは少し目立たなくなったような気がするものの、まだまだ耳にする機会は多い。一部の政治家の人や、講演会などでの司会役の人が使っているのを聞きます。また、お笑い芸人系の人はよく使うような・・。さらに、マニュアル化された外食店でも使われています。あるワイドショーで、出演していたタレントさんが「今日はお話を聞かせていただき、感動させていただきました」と言っていました。やはり、ちょっとイラッとね・・。

言語は、変遷していくのだしイチイチ目くじらを立てることはないのです。ですが、この使い過ぎは、慇懃で、無表情で、卑屈で、勝手感があって、マニュアルチックで・・。リンボウ先生こと林望氏によれば、「謙遜的傲慢表現」とか。

新卒の就活生が面接などの機会に多用するのはやむを得ないとしても、人の上に立つマネジメントを担う人やミドルの人が使うのは、本当にいいんだろうかと思うのです。場面を考え、受け取り手の気持ちも考えることが大切。そして、いい意味でW表現力を多く持って”会話に臨む方が気持ちも伝わり、良いコミュニケーションが成立すると思います。 私自身も、改めて「今後も、気をつけさせていただきます」・・・です。(笑)  ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 17:00| 東京 ☔| 言葉力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

「でも」「だって」「どうせ」は封印したい。言葉遣いには、本心や姿勢が表れてしまうもの。

「だって、しょうがないじゃないですか」・・。以前、私の部下だったT君がよく使うフレーズでした。仕事はできるのです。人柄も悪くないし、愛想もいい方。優しいところもあって人付き合いも悪くない。特段、困ったところがあるわけではありません。

同じ時期に、もう一人の同年代の別のH君が居ました。そのH君よりも、T君の方が人間性だっていいように思えます。しかし・・。なんか腑に落ちないのです。ある時、別の部署の人と話していた時、このT君についてのことになったことがあります。その人が言うには、やはり仕事を頼む際、同じことならT君には相談しないというのです。自然とH君にいく・・とのこと。

そういえば、T君の話し方には特徴がありました。「でも」「だって」「どうせ」の否定三大語をよく口にするのです。自分の考えと違うと思うことに対して、「この件、間に合わなかったら困るよね」と言ったら、「そうですね」とか「そうですね、でもやれるだけのことやりましょうと」とかで終わらせるのら許容範囲。しかし、「だって、しょうがないじゃないですか、もともと期間が短いんだから」といったアンバイ。出社の時刻に遅れた際、「あ、どうしたの?」と聞くと、「でも、○○線で事故だったじゃないですか」等・・・なのです。

いちいち、「だって」「でも・・」そして「・・・じゃないですか」は、必要? こちらは、なんだかムッと・・・。そして、注意すると挙句の果てに「どうせ○○ですから」とくる。こういったことを笑いながら言われると、言われた方としてはさらにムッとしてしまいますね。

年齢の能力も体力も同程度のメンバーがいれば、こういう言葉遣いをするかしないかというだけの理由で、このT君のようなタイプは使われなくなると思います。このタイプでは、こちらがネガティブになってくるからでしょうかね。

会社の中で自分と同程度の能力、あるいは、どのように考えても仕事の能力は自分より劣る人が先に出世しているようなことがあるとすれば、その原因は案外こういうところにあるようなケースはよくあると思うのです。言葉遣いというのは難しいものです。しかし、それは自分の本心とか気持ちや姿勢が表れてしまうものでもあります。

やはり、「いい仕事」をやって「活き活きしているね」と言われるような人は、明るい言葉を使うのだと思います。そうでないのなら、まずは「でも」「だって」「どうせ」、それから「○○じゃないですか」を封印してみるのは如何でしょうか。  ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 23:58| 東京 ☀| Comment(3) | 言葉力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月11日

「日頃80%。これは時120%以上」を信条。「頑張って!」は本当にいいのか?

私が、社会人一年生の時の話です。 まだ初々しい頃です。(笑)

当時、新卒新人には、数年程先輩が“インストラクター”として1年間張り付いて、いろいろなことを指導するという制度があり、当然私たち新人にも指導役の先輩が指導をしてくださいました。元気のいい方で、指導もパワフル、行動力もある。そして、適切にポイントを突いた指導をしてくださった本当に感謝の1年でした。
しかしながら、ある時、私は反抗をしたことがありました。それは私が、(新人ながらというか)新人としては仕事面で好調だった時、もっと勢いを付けさせ、伸ばそうという思いからの発言だったのでしょうが・・・。「もっとやれる!」「もっと頑張れ!」「なぜ頑張らないんだ!」と何回も何回も強く言うのです。そして、「能力の100%ではなく120%で毎日突っ走っていけ!」と言って激励するのです。
私は、「なぜそう頑張れとばかりおっしゃるのか。常時120%で走り続けるというのは違うと思う。普段は80%で走る。しかし、“これは!”って時には、120%どころかそれ以上で全力疾走する。問題は、80%が100%と見えるくらいにパイを大きくすることであり、“これは!”って言えるような機会を見出せるように日頃から動いておくことだと思います!」
その先輩は、絶句して何もおっしゃらなかった。今にして思えば、本当に生意気なことを言ったものです。思い出せば、冷や汗が出ます。
私は、口に出した以上、問題視されないような実績にしなければ・・と努力しました。図々しかったからか、運が良かったからか、なんとか、その後は言った通りにやれたように思います。そして、その後も、「日常80%。これは時120%以上」が信条のようになってしまいました。
「まず口に出す」といういうことで言葉を発し、自分の行動の形をつくるということは、重要だということかと思います。

もうひとつ、申し上げたいことは、「頑張る」という言い方、私はあまり好きではありません。
「頑張ってね」「頑張るね」「頑張ったね」とかよく使われます。しかし、本当に困難に接しながらまさにいま頑張っている人にとってみれば、「がんばって!というように励まされてもね・・」という状況なのではないかと思うのです。勿論、人によって差はありますよ。が、本当に、ギリギリで頑張っている時に、周りが「頑張って!」と言ってしまうと、その人は「ああ、やっぱり、自分は頑張れていないんだ、ダメなんだ」と否定されたように感じてしまう場合があるのではないでしょうか。言葉というのは、一つの意味しかないものではありません。使い方によって、全く反対の意味になってしまうことがあります。特に最近の職場などで多い心の悩みを抱えている人にとってみれば、この言葉は要りません。「黙ってやさしく見守る」ということも、とても思いやりのあふれる言葉のひとつでもあります。
「頑張って!」という言葉は、強いイメージのともなう言葉でもあります。ですから、人によっては捉え方が大きく異なりやすいという側面もある。いずれにしても、「言葉力=言霊」です。相手の状況も考えながら、大切に扱っていく必要があるのだと思います。
では、また。

※なお、前半で触れた“先輩”のことは今でも尊敬しております。そして、今に至るまで年賀状のご挨拶の交換は、互いに欠かさずの関係です。念のため・・・)



posted by 発現マネジメント通信 at 23:03| 東京 ☀| Comment(0) | 言葉力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする