2020年01月10日

昔の職場の先輩氏にバッタリ遭遇。「あっ生きてるか?」と言われた。

少し前のことですが、昔の職場の先輩と街中でバッタリ遭遇しました。
正直言って当時からあまり好感は持てなかった人で、年賀状のやり取りがあるわけでもなく二十数年以上のご無沙汰になります。

お互いに気が付き、私から会釈をするとその先輩氏は「おお〜!!」とリアクション。そして「あっ生きてるか?」と一言。対する私は、ちょっと戸惑いながらも「はい、生きてますから」と作り笑いをして返すだけとなりました。先輩氏は、ニヤッとしながら「まっ、またいいこともあるさ。なっ」と言って右手をサッっと挙げて別れていく体勢です。こちらも急いでいたし「ではっ」と言ってその場を離れました。それだけです。

でも、後から思い起こすとなんだかシックリこないんですよね。
「生きてるか?」ってどういう意味?と思うのです。失踪者とか行方不明者じゃあるまいし、「またいいこともあるさ。なっ」もないだろう。さも今が不幸の最中のような見られ方をされたような気がしてきました。

つらつら考えてみると、その先輩氏はその職場で最後まで立派に勤め上げた人ですが、退職後も意識や気分はそのままなのでしょうか。彼にとっては自分のいた範疇・組織以外の思考の人は、異次元のアウトサイダーに見えるのかもです。もちろん、その先輩氏は単に別の世界を知らないということだけなのかもしれません。

でもですよ。人生は先がまだまだ長いし、世界は広いし、生き方はいろいろです。それを知ることなく生きていくというのは可哀想だと思ったら、気分がスッキリとなって・・。思わず「生きていますよ。しかも幸せにやってま〜す。ハイ」と呟いていました。
ではまた。


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2019年12月08日

「悪いと思って犯す悪事」と「悪いと知らずに犯す悪事」ーーーどっちが罪深いのだろう?

以前、私自身が鎖骨を折ってようやく治りかかった頃のことです。
夕方で混雑していた駅のホームを歩いていて、反対側から歩いてきた男性のショルダーバッグがぶつかり、鎖骨に再度ヒビが入ったことがありました。「痛てぇ〜」と私が唸っているうちに、その男性は人混みの中に消えてしまっていたのです。通常だったらぶつかったことすら気づかない程度なのでしょうし、ワザとではないことは分かるのだけれど「この野郎!」と叫びたいくらい悔しかった。

さて、「悪いと思って犯す悪事」と「悪いと知らずに犯す悪事」ーーーどちらの方が罪深いのでしょうか?通常は、知ったうえで犯す方が罪深いと考えられます。反対に、知らずに悪を犯した方が情状酌量されるものです。法的にも、一般的には「過失」が付くと罪は軽くなります。

しかしです。
考えてみると「知らずに犯す」方が実は罪深いのではないか。なぜなら、「悪いと知って犯す」場合、そこにはホンの少しでも躊躇い(ためらい)があるはずであり、そのためらいが反省のキッカケになり得るかもしれない。勿論、計画的な凶悪犯罪などが罪深いのは論を待たないことは言うまでもないことです。

ところが、知らずに犯してしまう悪には躊躇い(ためらい)がありません。なので、「えっ、何が悪いの?」と自らが悪を犯していることに気づかないので聞く耳を持たないことになる。悪事の自覚がないのですから、反省も生まれてこない。しかもこのような人に限って、善人面をしているか涼しい顔をしているだけに余計やっかいで・・。

この半年一年の間、知らず知らずに他の人に嫌な思いをさせたことがあったかも知れないな・・。来年のカレンダーが届き始め、あと12月の1枚を残すカレンダーを見ながら思うことのひとつです。

そうだ。令和2年は、オリンピック開催の年ということで7・8・10月の祝日が変則的なんだ。
ではまた。
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2019年12月04日

「公私混同」批判・・・「公」にサヤ寄せする「私」か、「私」にサヤ寄せする「公」か。

高い立場の人が「公私混同」と批判を浴びることがよくあります。
たしかにこの「公私混同」、一般的には悪い意味で使われることが多い言葉です。
しかし、私はあえて言いますけど、この「公私混同」って必ずしも悪いことではないと思うのです。

その立場に就いたからには、その人が全身全霊でその任務に当たってもらうことが期待されているはずです。そして、誰がそういう立場に就くかによって影響も大きいものになる。ということはその人のバックグラウンドも含めて「こういう経験を積み、こういう背景の人だから」ということで期待されているはずです。となれば、その立場に就いた人は、自分の持つ知識、経験、見識をフルに活かして任務に当たる。当然、その人の人脈もフル動員されてしかるべきです。まさにその人の公私ともにをフルに活かして任務に励むことになります。

しかし、この「公私混同」には「公」にサヤ寄せする「私」なのか、反対に「私」にサヤ寄せする「公」なのかの2通りあるということです。後者の「公私混同」はいけない。行き着くところは「私物化」となりかねない。組織のメンバーからしたら「やってられない!」という気持ちになります。反対に前者の「公私混同」はどうです?「よくやってくれている」となるんじゃありませんか?「公」ファーストな人だとなって、組織のモチベーションは上がってくるはずです。

会社のトップとかといった組織のトップという立場は、まさにこの前者の「公私混同」くらいで全身全霊にやることが求められるのだと思います。もちろん、程度というのはありますよ。ところが、残念なことに実際には後者の「公私混同」・・・「私」に「公」をサヤ寄せするものが散見されるのも事実です。

高い立場の人がどちらのスタンスなのか・・・は、その人の日頃の言動とか、ちょっとした行動や人への対応姿勢で見えてきます。特におカネの使い方は見られやすい。こういう違いは当然に峻別する必要がありますし、自分が高い立場になったにしてもならないにしても、そういうスタンスは貫きたいものです。

最近の報道などを見聞きしていて改めて思いました。
ではまた。


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2019年08月29日

年金を巡る”識者”の方々の発言を聞いていて・・。「成長は要らない」は若い世代に失礼。

6月の「年金2,000万円問題」が少し収まったと思ったら、先日、年金「財政検証」が発表された。

こういう話って、どのマスコミもいわゆる‶識者”も揃って「将来が危ない」「この制度は持たない」「給付が下がる」と悲観的な話ばかり。予定稿にチョコッと手を加えた程度のものに見えてしまう。本当に考えて書いているのですかね。保険会社の常とう手段でもある「恐怖のマーケティング」を想起してしまう。

経済成長率が0.5%だったら、0%だったら・・といった前提やモデル世帯などの置き方もなんだかな・・と。

「だったら経済成長をしようよ!」「そのためには・・こういう政策が必要」といった前向きな議論にならないものなんですかね。悲観的な話や破綻論を発言し、したり顔をしていればインテリに思われると信じているからなのかなと。

どんな世界だって、いつの時代だって経済成長が大切。経世済民、経国済民です。「もう成長の時代は終わった」「成長はいらない」なんて言ってる方々、若い人に対して失礼だと思います。高齢化、少子化でも経済成長は可能です。如何にして成長するかは、常に指向していく大きなテーマなのですけどね。
・・ってなことを思うのでした。

ではまた。


posted by 発現マネジメント通信 at 12:35| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

「遣り甲斐」って、自分で意味を見出していくことから始まるんじゃないの?

先週のことですが・・。
ランチに入った隣の席で、男女2人が会話をしている。

女「私、最近、仕事がつまらなくって・・」
男「仕事っていろいろあるからな・・」
女「なんだか、このまま居ていいのかな・・なんて、考えちゃうんです」
男「え〜」
女「意味と言うか、遣り甲斐というか・・」
男「・・・」
女「で、スピリチュアルとかにはハマりたくないし・・ってことで思い切って転職しようと」
男「具体的にあるの?」
女「具体的じゃないんですけど・・もう25歳になっちゃって人生味わったし」
男「まだまだ、これからだろ」
女「だって、遣り甲斐のあることが与えられないんですよ」
男「ふ〜ん」
女「遣り甲斐がある仕事って、どこにいったらいいんですかね?いい転職サイトってないですか〜」

・・・聞こえているこっちが馬鹿らしくなってきた。男性も適当に相槌を打っているだけの様子。
遣り甲斐って、自分で意味を見出していくことから始まるんじゃないの?
人から与えられるものではないと思うけどね。転職しても同じですよきっと。転職サイトを見てもいい成果はないよきっと。
「随所に主となれば処つところ皆真なり」って、紙に書いて見せてやろうかと思った。やらんけど。

ではまた。
posted by 発現マネジメント通信 at 16:26| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする